鶴と亀、ミクロとマクロ、「あゆち」思想は異なったものを一つに融合する思想である。鶴と亀は融合することで、鶴亀(つるぎ)となり、熱田神宮に祭られている三種の神器「草薙の剣」(くさなぎのつるぎ)として知られている。熊野にある那智の滝は、その流れ落ちる姿が剣(つるぎ)として崇敬されている。この熊野地方も古来、蓬莱(ほうらい)といわれているところだ。蓬莱山(ほうらいざん)ともいわれる富士山も別名、不二山といわれ、二つではない、つまり一つに融合する思想をあらわす存在である。このように江戸時代以降、この三箇所が蓬莱(ほうらい)と呼ばれている。
名古屋城のしゃちほこは、左右で雌雄一体。しゃちの背中には矛(ほこ)がついており、それが剣(つるぎ)のように見える。このしゃちほこを天守閣に上げることで、水をもたらす、すなわち変じて海の中の竜宮城となる。蓬莱(ほうらい)の伝承には、蓬莱は遠くから見ると霞みたなびく山のように見え、近づくと海中の竜宮城に変じるとある。
さらに卑近な例をあげよう。異なったものの組み合わせによって新しいものを生み出す名古屋独特の食文化。代表例といえば、小倉トースト、味噌カツ、天むす、あんかけスパなどがまずあげられる。そして延長線上に、ハイブリッド車プリウスの誕生…。刀鍛冶の職人による剣(つるぎ)をつくりだす技術は、火と水の鍛錬によって生み出される。熱田神宮に奉納されている刀剣、武具などの宝物は数知れない。匠による精巧な技の継承はやがて工作機械やファインセラミックス、クルマ、ロケット、ロボット技術に発展していった。ものづくりの系譜は「あゆち」思想の中でも「ふいご」の風から生まれたものだった。「ふいご」の風から「あゆち」の風へ、それは「ものづくり」から「ものがたり」復権への旅立ちでもある。明治維新以降から戦後、とくに形而下への志向を強めて「ものづくり」による近代化はひたすら外なる世界の進歩ばかりを求めてきた。それに引き替え、生き方や哲学といった形而上の世界、つまり内なる世界への方途を見失ってしまった。私たちはもう一度、「あゆち」思想を取り戻すべき時が来たと思う。つい最近、「私はお墓の中にいない」と歌う「千の風になって」という歌の、死んでいったもの、目に見えないものへのまなざしに共感した。
吹き渡っていく千の風のように俳優の天野鎮雄さんが言っていた。「風格とか、風味、風景、風土、風物…、風がつくものにはどことなく、やさしさ、さわやかさを感じますね」と。この尾張地方に多いとされる山車(だし)文化。日本文化の人形浄瑠璃と南蛮渡来のからくり技術を組み合わせて山車は作り出された。三層構造になっている山車の一番上は、からくり人形の舞台。その下には人形を操る人々。さらにその下には、お囃子をする演奏家の人々。ちょうど人形浄瑠璃の舞台が縦構造になっている仕組みである。目には見えないけれど、多くの人が心を一つにして人形を動かしている姿は、一粒のお米が多くの人の手を経て、食卓に届いている様を連想してしまう。そこにも「あゆち」の風が…。
(NPO日本文化を守る会・武家の里 石浦薫)

















