エコシステムとビジネスを結ぶ
ビジネスと生物多様性の結びつきは、自明とは言いがたい。ただ、よく調べてみると、規模、セクター、サプライチェーンでの位置に関わらず、すべての企業が健全な生態系に依存していることが分かる。もちろん、その度合いはセクターごとに違ってくる。例えば食料飲料セクターでは、新鮮な淡水の保持、病気の制御、害虫の抑制、受粉などの機能(リンゴ・アーモンドなどの農作物に必要)においてエコシステムサービスに依存している。もっと明らかな例では、海洋生態系が損なわれると漁業は成り立たなくなる。
同じような関係性は、他のセクターについてもいえる。流通業界では、食料品の継続的(持続的?)な供給をエコシステムに依存している。製薬業界、化粧品業界にとって遺伝子資源の利用可能性は重要な要素であり、観光業にとって美しい自然は不可欠であるなど、多くの事例が思い浮かぶ。一方で、ミレニアム・エコシステム・アセスメント(地球生態系診断 ミレニアム生態系評価)による分析では、ほとんどの科学者が、エコシステムが回復不可能なまでに劣化していること、あるいは持続可能とはいえないような使われ方をしていることを警告している。
生物多様性がビジネスにとって不可欠な理由
今、目の前にある課題は、環境保護団体、消費者、官僚、労働者、ビジネスパートナーにとって新しいものである。生物多様性の課題に対処できない企業においては、新たなリスクが顕在化している。例えば、サプライチェーンの分断、操業ライセンスの喪失(具体的には行政官や地域社会が操業許可を停止すること)、企業の評判やイメージの低下、操業コストの上昇などが該当する。その反対に、「生物多様性に配慮した」製品については新たなビジネスチャンスが存在するのも確かだ。全く新しい市場が出現しているといってもいい。
ビジネスを行なっていくうえで、生物多様性が不可欠となってくる明確な理由が出現しつつある。言い換えると、日々の意思決定のなかで、生物多様性の要素を統合していくことが経済的に合理的である場面が増えている。生物多様性がチャリティーや慈善活動(フィランソロピー)として扱われるようになってきており、企業が本業とは関わらない別団体にお金を払って保全活動をするといった伝統的な方法と比べると、大きな違いだ。
企業にとっての新しいツール
近年、企業が生物多様性分野での課題に対処するうえで補助となる基礎的ツールが、さまざまなセクターにおいて設立されている。金融セクターの一例を挙げると、国連環境計画・金融イニシアティブには、18の日本の組織を含む160の銀行、保険、ファンドマネジャーが参画しており、生物多様性とエコシステムについても2006年後半から活動を行なっている。世界円卓会議の2007年会合では、機関紙CEOブリーフィング(CEO Briefing)においてビジネスの事例を探求した。
国際金融公社(IFC:International Finance Corporation)は、新興国経済で活動する関係団体を支援する意図で、2006年に「民間セクターのための生物多様性ガイド(Guide to Biodiversity for the Private Sector)」を発行した。2006年には、赤道原則(Equator Principles)を基礎としながら、金融イニシアティブは環境と社会基準についての改定もリリースし、40以上の金融機関(うち邦人企業3社)が金融イニシアティブに参加している。2004年と2006年に、英国の投資銀行のインサイト・インベスメント社は、鉱業、石油、ガス、公共セクター(電力水道など)が、生物多様性という観点からの活動の目安(ベンチマーク)を発表し、現在は食料品と飲料セクターについてのベンチマークを開発中である。
採掘に関連する産業では、エネルギーと生物多様性イニシアティブ(EBI:Energy and Biodiversity Initiative)が存在し、4社と5つの環境保護団体の連合となっている。EBIは、「石油・ガス開発への生物多様性保全の統合(Integrating Biodiversity Conservation into Oil & Gas Development)」を2003年に発行しており、類似した出版物は他にも出てきている。2006年には国際金属・鉱業評議会(ICMM:International Council on Mining and Metals)が同様に鉱業および生物多様性におけるグッド・プラクティスのためのガイダンス(Good Practice Guidance for Mining and Biodiversity)を、国際石油産業環境保護協会(IPIECA:International Petroleum Industry Environmental Conservation Association)は2007年に石油・ガス産業のための生物多様性条約ガイド(Guide to the Convention on Biological Diversity for the Oil and Gas Industry)を発行している。このセクターでは、環境保護団体とのパートナーシップも長続きさせるようなものを多数輩出している。
他でも、ビジネスにとって生物多様性が重要性を増してきていることを示す展開が多く見られる。例えば、持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development)は、生物多様性とエコシステムサービスを4つのフォーカスエリアの1つとすることを決めた。国際商業会議所(International Chamber of Commerce)は、生物多様性条約のタスクフォースを設置し、地球規模報告イニシアティブ(GRI:Global Reporting Initiative)は、2007年初頭に生物多様性リソースドキュメントを発行し、企業が生物多様性に関連する報告することを手助けしている。
ビジネスと条約
国際社会においても、条約の目的を達成していくために企業を巻き込んでいく機運が高まってきている。特に2006年に第8回締約国会議が開催された際に、民間セクター参画に関する最初の決議が採択されたことは象徴的であった。
民間セクターの決議は、以下の行動を勧告(encourage)している。
◎政府と協力し、生物多様性国家戦略の策定と実施に努めること。生物多様性国家戦略は、条約の実施ツールの核ともいえる。日本政府は、今回の改訂(第三次生物多様性国家戦略)によって民間セクターの参画を強調している。
◎条約と関連する会合に出席し、適切とあれば締約国の代表団にも入ること。
◎ガイドライン、ベンチマーク、認証スキーム、報告ガイドラインなど生物多様性に良い影響を与える実践を開発し、適用していくこと。特に条約の目的に合致した形での企業の方針・活動を促進することが重要である。
◎優良なビジネス事例を強化し注目していくこと。企業の幹部に生物多様性を企業戦略や操業の際の意思決定に組み入れていく必要性を感じさせるような事例が求められている。
第9回締約国会議(COP9)は、2008年5月にドイツ、ボンにおいて開催され、民間セクターと生物多様性についても重要な議論を交わす予定である。COP9に向けて、いくつかのビジネス関連の会合が予定されている。
2007年11月には、欧州連合(EU)の議長国であるポルトガルが、リスボンにおいてビジネスと生物多様性に関する会合を開いた。この会合は、2000年に欧州連合の加盟国首脳が「2010年までに、知的基盤や技術革新に基づいた最も競争力ある経済」となることを謡ったリスボン戦略に基づいている。
欧州連合は、「2010年までに生物多様性の損失を阻止する」ことを2001年に掲げており、2006年には欧州委員会の生物多様性に関するコミュニケーションで、民間セクターをパートナーとして巻き込んでいくことにコミットしている。2008年の4月上旬にも会合が予定されており、今後は他にも会合が増加していく可能性が高い。

ビジネスと生物多様性に関するハイレベル会合 で話すノキアのGuy Corcelle氏 と Kirsi Sormunen氏(ポルトガル リスボン)©IUCN/Wiebke Herding
条約の枠組のなかでの、ビジネスと生物多様性に関する新しい対話は、日本の企業に前例のない機会を提供している。日本政府は、第10回締約国会議(名古屋で2010年の予定)の誘致を表明している。日本の企業と産業団体は、ビジネスと生物多様性を意思決定のなかで統合させていくことで、具体的で実感を伴うようなステップを示せる可能性がある。2010年の名古屋での会合がビジネスと生物多様性にとって成功となるよう、今後2年間、生物多様性条約事務局は日本の産業界および政府と協力できることを今から楽しみにしている。
(ニコラ・ベルトランド/翻訳:香坂玲)
















