今から1000年以上も前の平安時代に書かれた医学書、『医心方』をもとにつくられた究極の自然美容料があると聞き、広島に足を運んだ。広島駅から電車に揺られること数十分。閑静な住宅街の中に目的の場所、株式会社漢萌(かんぽう)はあった。1962年の創業から半世紀ほど経つ。そのたたずまいは、何年も前から変わらぬ化粧品づくりをしていることを語っているようだ。
「『医心方』では、美白一つとっても、清らかな白い肌・豊麗で白い肌・濃艶な白い肌・きめ細かでふくよかな白い肌、というように、いくつもの種類とその肌を手に入れるための化粧品の処方と手入れの仕方が出ています。平安の時代には、それだけ美しい肌をした女性が存在していたと同時に、人々にそれだけ多様で微妙な美しさを感じ取る感覚があったのです」と話す社長の三戸唯裕(みと・だだひろ)さん。シャンと伸びた背筋、つやのある肌からは、とても今年で82歳とは想像できない。
漢萌の最初の商品は、肌を磨くための薬草糠(ぬか)袋。米ぬかに黒砂糖やドクダミ、ケツメイシなどの薬草を丸ごと漬け込んで長期間熟成させたもので、現在でも看板商品だ。米ぬかが化粧品として生まれ変わったのには次のような背景があった。
戦後の食糧難の時代、三戸さんは食用米ぬかの研究を始めた。しかし、2年で食べるための加工を断念。そこで次に目を付けたのは、祖母や母が米ぬかをからだを洗うために使っていたことだった。情報を収集していくうちに、当時の芸者さんたちも米ぬかに黒砂糖やウグイスの糞をブレンドして、自分なりのぬか袋を使っていることがわかった。
決定づけたのは、今も忘れることのできない美しい女性との京都での出会いだった。「後にも先にも彼女のような素肌まで美しい美人には会ったことがありません。」その女性が幼いころから肌を磨いていたのも、家に代々伝わる秘伝のぬか袋だった。この出会いが三戸さんを化粧品の研究に没頭させるきっかけとなり、その情熱は『医心方』をひも解き、平安時代の美容料を復活することとなった。『医心方』の他にも、さまざまな文献や専門家を通じて調査・研究をしてきたことは、工場の2階の大部分を占める三戸さんの書庫を見れば一目でわかる。
「現代ではヒアルロン酸やコラーゲンなど、保湿剤の入った化粧品をつけて潤いを外から補給します。また、美白化粧品ではメラニン色素を人工的に漂白したり、その働きを抑制することで効果を出します。しかし、肌が自然に潤う力や白く戻る力はどんどん衰えていきますよ」と三戸さんは言う。漢萌では、化粧品のことを「古法美容料」、その使い方を「古法美容」と呼ぶ。それらを使って、生まれながらに持っている肌の機能を元に戻すことが基本になる。
漢萌の特徴は大きく3つある。原料と製法と使い方だ。
原料は、日本古来の薬草や漢方の生薬を使う。それらを一番いい時期に摘み、洗い、自然乾燥させてから、草根木皮をまるごと煎じる。すべて手作業だ。
それらをゆっくり濾過したものに天然の酒精を加えて、早いものでも半年、長いものでは15年以上もの歳月をかけて熟成させる。このような製法をすることで、一つの植物から数千もの成分が溶け出し、それが熟成の間にまろやかになり、肌にしみ込みやすくなる。
そうして手間ひまかけて仕上げた「自然美容料」は、愛情を込めて、素手で使うのがよいという。「お母さんが子どもをかわいい、かわいいと愛情を持ってお手入れするように、自分の肌をなでてあげるのです。気持ちは手から伝わるもんです。」
最後に案内された工場は、学校の理科室や家庭科室のような懐かしさを感じた。何十年と丁寧に、大切に使い込まれてきた道具や機械。そして静かに熟成のときを過ごしている原料の数々。すべて昔からそこにあり、変わらないもの。漢萌はまさに”ニッポンの手造り美容料”だ。最近は海外のハーブやエッセンシャルオイルなどが人気を集めているが、日本にも昔から素晴らしい天然の素材があり、それを手造りする知恵があった。それに気づくと同時に、最新の技術を駆使したハイテクの化粧品や、目先や外見の美しさに惑わされない、本当の美しさについて考えたいと思った。
*漢萌HP http://www.kanpoo.co.jp/
(佐々木ろりえ)




















